生き方の心理学

欠乏欲求と成長欲求|なぜ人間は依存から抜け出せないのか?

あなたは自由に生きられているだろうか?

僕らは自由に生きたいと思っていても、何かに依存してしまっている場合が多い。

なぜ、僕らは依存をしてしまうのだろうか?

今回はそのような疑問を解き明かしていこう。

 

まず最初に質問をさせてほしい。

あなたは何のために働くのだろうか?

①お金を稼いで生活していくため

②職場や会社、ある環境で1番を目指すため

③働くこと自体にやりがいを感じるため

もし、あなたに「自由に生きたい」「自分の思うがままに生きたい」という気持ちがあるのならば、仕事にやりがいを持つことでしか自由にはなれない。

お金を求めたり、1番を目指す働き方では自由になれないのだ。

この理由を心理学の『欠乏欲求と成長欲求』をもとに説明していこうと思う。

欠乏欲求とは

欠乏欲求

欠乏欲求という言葉を聞いたことはあるだろうか?

心理学者マズローによる理論で、低次の欲求(生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求)のまとめて欠乏欲求と呼んでいる。

下記は欠乏欲求の例だ。

・お腹が空いた(生理的欲求が不足)

・収入が少なくて不安を感じる(安全の欲求が不足)

・孤独を感じる(所属と愛の欲求が不足)

・無視をされて傷ついた(承認の欲求が欠乏)

このように何かが失われた状態になったとき、僕らはそれぞれの欲求を満たそうと強い衝動が引き起こされる。

一方、欲求が満たされると僕らは欲求があったことを忘れて、他に欠けている欲求を満たそうと行動する。

以上が、欠乏欲求の特徴だ。

成長欲求とは

成長欲求

成長欲求は、欲求の上位に位置し、マズローの欲求5段階説では自己実現がこれに該当する。

自己実現とは、自分の才能を追求し最高の自分になることだ。

才能を開拓すると人は成長し、その才能を用いて何かを達成することで満足感を感じる。

その満足感によって、人はさらに才能を伸ばしたいと思い、より高いレベルで何かを達成しようとする。

この繰り返しによって人は成長を続け、自己実現へと向かっていく。

 

さて、欠乏欲求と成長欲求をざっくりと説明した。

おのずと人間の生き方は

 

・足りないものを補う『欠乏欲求満足型』の生き方

・自分自身の成長を目指す『成長欲求満足型』の生き方

 

この2種類に分かれることになる。

どちらの欲求を原動力にするかで、僕らの人生は大きく変わることになるのだ。

欠乏欲求と成長欲求の違い

まず、欠乏欲求と成長欲求がそれぞれ満たされた状況を考えてみよう。

たとえば、欠乏欲求の1つである食欲が満たされ場合、さらに食べ物が欲しくなることはない。

欠乏欲求がある程度満たされると、人はその欲求に飽きてしまい、欲求自体を忘れてしまう。そして別の欲求を持つようになるのだ。

 

一方、成長欲求は、欲求が満たされても成長欲求自体が消えることはない。

才能が開拓され、その才能を用いて何かを成すことができれば、その達成感が人にさらなる才能の開拓へと向かわせる。

この繰り返しが永遠と続く。

つまり、成長欲求は満足によって弱められるどころか逆に強化されるのだ。

 

ちなみに。

成長欲求を満たすには、伸ばすべき自分の才能を認識しなければならない。

しかし、自分の才能を見つけるのはなかなか難しく、見つけることができないまま諦めてしまう人が多くいる。

これによって、成長欲求をうまく満たすことができない状態が続いてしまうと、「なぜ、自分は生きるのか」という虚無感に襲われてしまう。

関連記事:「生きる目的が分からない」究極の悩みを心理学で解き明かす。

原動力が欠乏欲求である限り自由になれない

欠乏欲求中心に生きている人と、成長欲求中心に生きている人とで決定的に違う点がある。

それは環境への依存度だ。

安全や所属、愛情関係、尊敬を求める欲求を満足させるためには、他人の関与が欠かせない。

他人を意のままにコントロールすることはできないため、欠乏欲求中心に生きている人間は、環境依存度が高くなってしまう。

環境依存度が高ければ高いほど、自分の人生を思いのまま生きることが難しくなるのだ。

 

これに対して、成長欲求中心に生きている人は、欠乏欲求中心に生きている人よりも環境依存度が低いという特徴がある。

才能の開拓は自分ごとであり、他人に依存しない。

つまり成長欲求を原動力にして生きる人間は、自分の人生を思うがまま生きられるのだ。

成長欲求は簡単に消えてしまう

成長欲求と欠乏欲求のエネルギーの違い

成長欲求を原動力に生きる人間は、他人に依存せず、自分の人生を思うがままに生きることができる。

そんな素晴らしい成長欲求だが、欠乏欲求に比べると圧倒的に弱い欲求のため、簡単に負けてしまう。

空腹や睡眠・不安定な生活・孤独・軽蔑など、僕らを取り巻く欠乏欲求は多数存在する。

加えて、街を少し歩けば数々の広告が、僕らの欠乏欲求を刺激してくるのだ。

 

電車の広告やテレビCM・インターネット広告は、欠乏欲求を刺激する典型的な例だと言えるだろう。

英会話教室などは、成長欲求を刺激しているような見えるかもしれないが、よくよく考える欠乏欲求を指している場合が多い。

なぜ企業は、人の欠乏欲求を刺激するのか?

 

それは、欠乏欲求を刺激した方が消費を促しやすいからだ。

人間の成長欲求は弱く、自分の努力でしか満たすことができない。

一方、欠乏欲求は強い欲求であり、物質や他人次第で満足させることができるため、消費活動に繋げやすいのだ。

だから数多くの広告は、欠乏欲求を刺激するようにできているのだ。

成長欲求は高める3つのコツ

僕らが自由になるには欠乏欲求から解放され、成長欲求に基づいて生きていくしかない。

かといって、成長欲求は非常に弱く、街は欠乏欲求を刺激するモノで溢れているため、成長欲求を持続させるのは非常に困難だ。

そんな環境でも成長欲求を持続させるためのコツを3つ教えておこう。

①欲求増加の好循環を作り出す

既に述べたように、成長欲求は自分の才能を伸ばし、その才能で何かを達成したときに欲求が強くなるという特徴がある。

才能の開拓→物事の達成→成長欲求の増大→才能の開拓…

この好循環こそが、成長欲求を高める王道だ。

しかし、そのためには「自分の才能」を認識しておく必要がある。(これが最も難しいかもしれないが…)

下記に自分の才能を探すヒントを書いたので参考にして欲しい。

関連記事:自己実現をするための方法|とにかく『得意なこと』を追求せよ

②成長欲求を増やす環境を作る

成長欲求を高めるには、「才能の開拓と物事の達成」の循環が大切だ。

しかしそうは言っても、何かを達成するということは簡単ではないだろう。

いくら才能の開拓を続けたとしても、思ったように結果が出なければ、いずれ成長欲求は消えてしまう。

そうならないように、成長欲求を刺激する必要がある。

それは、達成したいことを強く意識することだ。

よくある話だが、『紙に目標を書いて貼っておくと目標が実現しやすくなる』というのも、成長欲求が刺激されるからである。

また、同じ目標を持つ仲間を持つのも良いだろう。自分の成長欲求を刺激してくれる人間に囲まれるだけで欲求を刺激することができる。

③欠乏欲求への刺激を排除する

成長欲求をうまく刺激できたとしても、欠乏欲求への刺激が多すぎると、成長欲求は簡単に消えてしまう。

電車、テレビ、さらにはインターネットの世界も、僕らの欠乏欲求を刺激し、消費活動を促してくる。

これらの刺激を完全にシャットアウトするのは不可能だろう。

しかし、『欠乏欲求を刺激してくるモノ』を自覚しておくことで、刺激による影響を少なくすることはできる。

経済活動が盛んな都会では、あらゆるモノが僕らの欲求を刺激しようとしている。このように考えると世界が違って見えるはずだ。

要点まとめ

今回は、「欠乏欲求と成長欲求」を説明しながら、僕らが何かに依存してしまう理由を書いてきた。

最後に要点を整理しよう。

要点まとめ

疑問:なぜ自由に生きることができないのか

多くの人間は、欠乏欲求を満たすために働いている


欠乏欲求を満足できるのは物質や他人のみ。(環境に依存する)


原動力が欠乏欲求である限り、自由にはなれない。


一方、成長欲求は環境に依存せず、自分次第で欲求を満たすことができる。


ただし成長欲求は簡単に消えてしまうめ、意識的に欲求を高める必要がある


成長欲求を原動力にすることで、自由に生きることができる

 

さぁ、それでは冒頭の質問に戻ろう。

あなたは何のために働くのだろうか?

この質問を欠乏欲求と成長欲求に分けてみよう。

①お金を稼いで生活していくため
 →欠乏欲求(安全の欲求)

②職場等、ある環境で1番を目指すため
 →欠乏欲求(承認の欲求)

③働くこと自体にやりがいを感じるため
 →成長欲求(自己実現の欲求)

この世界で働いている人間は、欠乏欲求を満たすことを目的とする人間がほとんどだ。

お金が欲しい!と思う心もその1つ。

誰かに認められたい!と思う心もその1つ。

もちろん、昇進を求めるのも同じだ。

 

欠乏欲求を原動力にしている限り、僕らは何かに依存した生き方になってしまう。

依存することなく自由に生きていくには、成長欲求を原動力にするしかない。

成長欲求を原動力にすべく、欠乏欲求の刺激から身を守り、自分の才能を追求していこう。